先日、ISOの主任監査員をしておられる方とお話をする機会があり、ISOを勉強しておくことを勧められた。
過去の会社時代の苦い経験から、どうもISOは感覚的に嫌いになってしまったのだが、国交省が指名要件からISOをはずしたりということで、ISOを取り巻く環境も変化がありそうな気がするので、改めてISOの本質に迫ってみようと思った。
グぐってみると、おもしろいサイトに行き当たった。
○ 警告!! 読むまで取るなISO9001
「取る前に読む本 ISO9001編」という冊子を配布しているとのことで、早速注文し、完読した。
以下にこれに関連した思いを徒然なるままに、、
ご本人のISOの認証取得時の生の体験がノウハウとなって生きている冊子なので、読んでいてもうなずいてしまう部分や感心する部分が多い。
特に、私の体験したISOの認証の維持のための「意地の」ISO活動がもたらされる根本的な原因やその罠に陥る背景さえも見えるようでおもしろい。
今後、中小建設業では、ISOが入札条件ではなくなるという強制力がなくなったときに運用を間違ったISOは、その存続が厳しくなるのだろうと思う。
しかし、うまく使えば、それなりに効果のあるマネジメントシステムであることは間違いないとも思うので、そのときに備え、私も準備しておく必要はありそうだ。
ところで、日本の企業経営に、西欧のマネジメントシステムは合わないという議論はよく聞くところであるが、先日読破した竹村公太郎氏の「日本文明の謎を解く」の中に興味深い一節があったので紹介する。
『日本人は、日本列島の激変する気象と不条理な地震を受け入れざるを得なかった。』
『自然のご機嫌がくるくる変わる日本列島で生きて行くには、自然に合わせめまぐるしく変化しなければならなかった。』
これらの気象による影響が、日本人の「無原則性」という正確の源となっている。
そして、
『日本人にとって「無原則性」は、生存していく上での必須な素養となっていった。』
これには、刻々と変化する状況下において、その判断基準(原則)を変えてでも、そのときのベストを尽くしていくという臨機応変な姿勢が感じられる。これはまさにリスクマネジメントの考え方である。
場当たり的な対応を含めてリスクコントロールできることこそが日本人の得意とするものであり、ほかの人種(西欧人)では、そんな臨機応変な対応ができないとすれば、そこに、ISOをはじめとするマネジメントシステムが西欧ではやることにもうなずける。
また、逆に、西欧ではやっていようが、もともと人種として持っている資質・素養が違うのだから、ISOのようなマネジメントシステムは日本人には必要ないとも言えるかもしれない。
でも、高度成長期以降の「安全な日本」で飼い慣らされた我々の世代は、本当に過去の日本人の気質を持ち合わせているのだろうか?
ISOをはじめとするマネジメントシステムの必要な日本人に変質してしまっているのではないだろうか?
そんな気がするのだな。
ISOの好き嫌いはとりあえず横に置いといて、中小建設業者の現状と、ISOの効用をきちんと把握しておくことが大切そうである。
現在のトレンドのうち、コンプライアンスとアカウンタビリティを考えただけでも、ISOをうまくつかえば楽になる、という感じがしている。
これをうまく伝えられるようにもうちょっと自分の中でこなさなくては。。
こんにちは、
「警告、読むまで取るなISO9001」の平川です。
私のホームページをご紹介頂きありがとうございます。
お蔭様で、あなたのホームページを見て「警告!! 読むまで取るなISO9001」にお出でになるお客さまがいらっしゃいます。
もうご存じかもしれませんが、最近ホームページを引っ越ししました。
URLも変更になっています。
宜しければ修正して頂ければと思います。
宜しくお願い致します。
新しいURLは次の通りです。
http://www.isolabo.com/
平川さま
ご連絡頂きましてありがとうございました。
すぐにURLを訂正致しました。
これからもよろしくお願い致します。
以上、取り急ぎm(_ _)m