JR事故に関連して、報道が変な加熱をする中、珍しくメデイア側?の冷静なコメントを見つけたので、おもわずトラックバック!!
nikkeibp.jpのコラムに下記が掲載された、
『事件・事故報道で今一度考えたいメディアの責任と体質(上) - nikkeibp.jp - from ガ島通信 メディア崩壊の現場を歩く』
コラムを読んでふと思ったことを少し書いてみる。
マスコミの世論形成力という物は非常に強いと思う。
しかし、客観的な報道の視点で事件事故が報道されているかというとそうではない。
最近では、西武鉄道の堤氏の報道のときもそんな感じがした。
建設業界に身を置く人間は、実感としてよく分かると思うが、非常に片寄った世論を押しつけようとすることがある。
なので、(きっかけは何だったか忘れてしまったが、)ある時期から私は、テレビのニュースバラエティ番組はまともに見ないようにしている。テレビでは判明した事実だけを報道するニュース番組だけ見るようにしている。
新聞は、地方紙と日経だけでいわゆる全国紙は排除した。
事実と意見は明確に区別して表現すべきことなのだが、その境界がよく分からないことが多いから、間違った「思いこみ」をしてしまうことが多いからだ。
特に私は素直なひとなので(そこ、笑わないように)、テレビや新聞で報道されたことは結構信じてしまう。一般市民の皆さんも当然、テレビのニュースや新聞で流されていることは信じてしまうと思う。
でも、今回の事件でも事実が判明する前に物事を決めつけるような報道があったし(JR西側のミスリードするような会見もその原因の一つにはあるが。。)、マスコミが世論を誘導するかのような決めつけを感じ、非常にいやな気分がした。
JR西日本の責任は当然にして重いと思うのであるが、マスコミ報道の妙な加熱には私も?なのである。
nikkeibp.jp記事に関連したコメントはこの辺にして、 安全論といえば長尚先生のページを見てみると、事故についての記事がありました。
そのなかで、
『諸外国では、僅か1分半の遅れを取り戻さなければならないという、日本人の「時間感覚」を驚きとしている。それに応じて、国内でもこの感覚を反省すべきという意見が出ている。』
日本の中でも都市部と地方部では時間の感覚が違うと思う。
地方部の方がゆったりと時間が流れているように思う。
「仙台時間」なんていう概念もあるのだが、「たいていは予定時刻の10分遅れ」という不確実性を許容する考え方は、理屈では効率性を求める反面で、それを完全に否定しきれない何か直感に通ずるものがある。
また、学校教育の影響でも「時間を守ることは大切なこと」は教えられる。遅刻は悪なのである。
しかし、会社では「社会規範を守ることはもっと大切なこと」だとおしえているだろうか?
車に乗り始めるのは、学校を卒業するような年齢からである。
遅刻をしないために、住宅街や通学路を制限スピードをはるかにオーバーした猛スピードで走っていく車がいたりするわけで、それは「1分2分の時間を守ることよりも、もっと大切なことがある」ことを認識していないことなのだろうと思う。(自戒も含めて。。)
今回のJR西日本の事故がそういう議論につながるといいのだけれどね。。