新潟中越地震で新幹線が脱線したことに関して、テレビのニュースは「安全神話崩壊」などと代々定期に報じていた。
非常に嘆かわしい話ではあるが、日本に住んでいながら地震に対するリスクというものを全く理解していない。
こういう論調は、東南海地震とかで、免震マンションなんかが壊れてもおなじことをいうのだろうな。
河川堤防の整備水準と、破堤被害の関係についてもおなじ考えが成り立つ部分がある。(施工不良やメンテ不良は除いて。。)
絶対安全なんてものは存在しない。安全は相対的に成り立っているだけである。危険の発生確率がある程度以上低いと言うだけだ。
元信州大学の長尚先生はこの点を氏のホームページで指摘している。↓
○新潟県中越地震による新幹線の脱線事故に思う
一部を引用させていただきます。(ご容赦ください。)
(引用始まり)
【タイトル:元々「安全神話」などない
2日の本欄の「安全の確保に神話は要らぬ」を読んだ。今回新幹線の安全神話が崩れたとされているが、新幹線に安全神話があった(筆者はそうは思わないが)としても、阪神・淡路大震災の時に既に崩れていたと思う。発生時間が新幹線運行の前という幸運に恵まれただけである。
今回の事故の調査に基づいて、可能な対策を講ずるとしても、どんな直下型の大地震にも脱線転覆しないことを望むなら、超高速の新幹線そのものを諦める他はないであろう。しかしそのような社会的合意は得られないのではなかろうか。
“あちらこちらで安全神話が語られ続ける”と指摘されているように、関係当事者が安易に安全だと言い過ぎるのは事実である。しかし何事にも、「安全神話」などなく、安全に絶対はない。安全が問題になるのはリスクがあるからで、やむを得ない、あり得るリスクの存在を、残念ながら認めなければならない。
少しでも安全性を高め、さらに万一事故・災害が発生した時の適切な対応をするために、あり得るリスクについて正直に説明をすることが必要である。その上で、可能な限りの努力をする以外に方法はない。建前でなく、冷静に現実を見なければならない。】 (引用終わり)
「安全」を理解する人には常識的な話であるが、一般市民には正しく伝わっていない。(マスコミがただしく伝えることができない?)
最近、私は仙台市内で一般市民向けにリスクマネジメントを一般市民レベルに落とし込む話をし始めた。
日常のリスクを認識した上で、生命と財産を守っていくことは現代人の知恵として欠かせないのではないかと思ってのことだ。
特に仙台では、近い将来宮城県沖地震が必ず起きる。
そのとき、自分の生命と財産を守るためには、いまどのようなリスクを保有しており、それをどのレベルまで軽減させるのか、個人個人がそれぞれそのリスクを理解した上で納得した対策を取っていくことが重要だと思う。
リスクマネジメントの視点を、一般市民レベルに落とし込み、日常生活に生かせるようわかりやすく指導すること。
それは、総合技術監理部門の技術士が市民社会にコミットしていく最大のチャンスだと私は思うのである。
動き出せえぶりばでぃ。
動かなくては何もおきないのである。