11/3に下記のシンポジウムに参加した。
「大学と科学シンポジウム」
ここまで進んだ日米の都市地震防災
その中で、気になったところをmemoした。
〜 memo ここから 〜
河田恵昭氏
災害に対する抵抗力
災害に対する回復力
市民が主役である
エンジニア・専門家は、市民活動を支援すること
層破壊による支死者85%
2階のほうが安全
1982年
盛土
震度6強 避難できない
耐震補強の前に家具の固定
震度5強で家具が倒れる
地震直後の救命活動 地元
ライフライン復旧までの時間
広域災害
計測震度と避難率
避難者の定義
弁当だけ取りに来ても避難者(被災者);神戸
旅館を指定避難所;新潟
復興とは
住まい、つながり
5年までに住まいは解決=それだけ重要な課題(生活に必要不可欠)
定量か
生活再建が新たな課題>生活再建指標
住宅債券だけが終わっていたが、
日常消費 戻った
競争者のいる経済活動は完全に戻らない
自助・共助・公助
7:2:1
自助能力の向上が鍵を握る
市民をそだてる
自助の促進
市民の参画
アイデアと人材の提供を主とした政策
指導できる行政職員の育成活用
目黒公郎氏
災害イマジネーション能力のなさ
政治家も行政も
エンジニアも研究者も
マスコミも一般市民も
災害情報をニーズに応じて提供する
次世代型のマニュアルを作る
データベース;クロスメディア
シュミレータ;
モニタリング;
マニュアル
活断層 発生予測はむずかしい
災害を減らすためにできることはたくさんある
高齢者を孤立させない
常時からつくっておく
日常生活のなかで防災がファンクションとして入っている社会を作らなくてはならない
断層をさけて済むことなんてできない、自然と共生したいなんてのは人間の願望にすぎない。
自然は非情である。
そういうものとどう暮らしていくか
シルクロード=活断層
うまく道路として使っている
最低限のものが守れるような社会に。。
質問
自分の家はどうなのか?
財産価値
危険性のある個人資産
地域での共通認識
答え
過疎・高齢化
町づくりのコンセンサス
グランドデザインがなくて個別にやってしまうと町づくりではない
災害が起こる前から
町づくり協議会が事前からあったところはうまくいった。
情報開示されて資産価値がさがることを心配するのは多くない
不動産価値
情報によって何らかの措置がとれる人のほうが多い。
耐震改修することがどちらにも特であるという方向
壊れたらあとからお金をあげるという政策は間違っている
事前に対策すべき
大規模災害の時に、できないことになる
トルコ 家を造ってあげる
イスタンブール
事後なら金がでるのなら、あとでやる
期待値をはじいて 誘導する
〜 memo ここまで 〜
午後からは、先日の新潟中越地震の報告会も行われた。
上げ足取りになっていたら申し訳ないが、林 春男氏が気になることを言っていた。
それは、今回の新潟中越地震のさいに安否情報のためのネット上の掲示板などが活用されていないことについて、リテラシーが低いというような言葉で表現したこと。
「いのちを守る地震防災学」という本を読んで、ちょっとは良いこと言うな、と思っていた人だけにその一言の真意は図りかねるが、私としては疑問が残った。
そのリテラシーは「情報リテラシー」なのか「防災リテラシー」なのか?
今回の地震でのネットの活用については様々なことが言われているが、ネットワークに関しては、次の二つのことをキチンと認識しなくてはならない。
1,本当に使いたい人のところは、電気も電話も止まっていて、インターネットなどにつながれる状況ではないこと
2,普段から活用していない掲示板などは、災害時に限って使われるなんてことがあるわけないこと
防災の基本は、普段から習慣づけておいたことが、災害時にも生きるということ。
普段からできないようなことが、災害時にできるわけがないのである。
また、ネットビジネスの基本である、「リアルな空間で成功しないようビジネスモデルは、バーチャルな空間でも成功しないということ」も防災分野にも言えると思う。
災害時のネット活用に関しては、この平時からの習慣づけがたいへん重要なのである。
これを「防災リテラシー」と呼ぶこともできるかもしれないが、リテラシーという言葉で片づけて良いものかは疑問なのである。
(「情報リテラシー」のことを示しているのなら論外であるが。。)
脆弱な国土をもつ日本人は、このような災害環境とこれまで共生してきたのである。
先人の知恵を現在の技術で生かし、自然災害に対抗して行かなくてはならない。
防災は日本の文化的な側面も担っているはずなのである。